――JFAインクルーシブプログラムは「障がいの有無にかかわらず、サッカー観戦をスタジアムで楽しんでほしい」という目的でスタートしています。本プログラムの意義をどのように感じていらっしゃいますか。
北澤 全ての人たちが同じように楽しみ、同じ感動を味わえるようにするのは、スポーツ界として取り組むべきことだと思いますし、スポーツを通じて実現できるものと考えています。このプログラム自体、想像以上に浸透している印象があり、それだけ皆さんが「行きたい」という思いを抱いていたんだな、と。今後も、試合会場に足を運んでいただくための環境づくりを進めていきたいですね。最前線でプログラムをけん引している岩田さんは、どのように見ていますか。
岩田 数年前にロービジョンフットサル選手としてイングランドを訪れた際、スタジアムに行くことへの不安が全くない世界観があり、衝撃を受けました。それを知った上でこのプログラムに取り組んできて、みずほさんとも協働させていただく中で、イングランドで見た景色が、日本でも実現しつつあると実感しています。
車椅子の方、発達障がいのお子さんなどスタジアムに足を運んでくれた方、またこのプログラムに参加した多くの方が「ここなら安心して来られる」と言ってくださいます。スタジアムに来てこそ、臨場感を味わうことができますし、サポートするスタッフも大勢います。障がいは違えども、同じ思いを共有できる人の輪が広がっていることに喜びを感じています。
――久恒拓冶さんは、昨年11月にJFAインクルーシブプログラムに参加されました。プログラムのことはご存知でしたか。
久恒拓冶(以下、拓冶) 実は知らなくて……。車椅子席を購入して観戦に行こうと思っていたところ、たまたま妻がこのプログラムを見つけてくれて応募しました。
北澤 奥さまが見つけたんですね。
久恒美佳(以下、美佳) プログラムの対象者のところに「日常的に車椅子を使用している方」と書いてあったので、「これは私たちのことだ」と思いました。
――拓冶さんはもともとサッカーをやられていたのですか。
拓冶 幼稚園児の頃に始めて、社会人になっても続けていました。私は熊本県出身で、20歳の頃に就職のために神奈川県に来ました。その3年後、建設現場での事故が原因で車椅子生活になりました。
北澤 足が不自由になって以降、サッカーやスポーツを生で観る機会は?
拓冶 けがをした当初は、サッカーの試合を観ることに抵抗感があり、敬遠していました。テレビで放送があっても、極力目に入れないようにして…。そんなときに出会った妻に誘われて初めて野球を観に行きました。そこで印象に残ったのが、車椅子席がグラウンドから遠い位置だったこと、また前の人が席を立つと視界に入ってしまって観にくかったこと。正直「これならテレビで観た方がいいな」と思いました。
北澤 そんな経験をしながらも、今回の代表戦を観たいと行動を起こし、プログラムへも応募されたんですね。
拓冶 紆余曲折がありましたが、ここにきて新たに1年に一つずつチャレンジしようと考え始め、サッカーの日本代表戦にも観戦に行きたいと思っていたところでした。プログラムを見つけてくれた妻には感謝しています。
美佳 一緒に新しいことにチャレンジしたいですし、お互いに見たことのない景色を共有したい気持ちがあったので、迷わず薦めました。みずほさんから当選のご連絡をいただき、いろいろと段取りが決まっていく中で、夫と共に実感が徐々に湧いてきて…。せっかくならユニホームも着ようとそろえました。
北澤 その話を聞くと、いろいろなタイミングが合致したからこそ実現できたと思いますし、そのきっかけをどうつくっていくかも大事だなと。お二人にとっても大きな一歩だったと感じますね。
――当日、拓冶さんはプレマッチセレモニーで選手と一緒に入場されました。そのときの心境を振り返ってください。
拓冶 今でも「不思議な空間だったな」と感じています。普段の生活から、自分があの場にいることは想像すらできなかったです。高校生の頃、地元の熊本のスタジアムで日本代表戦を初めて観戦しました。国歌斉唱の後にワーッと声が上がり、ワクワク感が高まっていくのを感じました。けがをした後はサッカーから遠ざかっていましたが、今回ピッチに入って芝生の匂いを嗅ぎ、国歌斉唱後の応援の声も聞いて、過去の記憶がよみがえりました。そうした記憶が戻ったこともあって涙ぐんでしまいましたが、自分の心の扉が開くような、良いきっかけになったと感じています。
北澤 あの場に立つと、共に戦おうという気持ちになりますからね。さすがに緊張はピークでしたか(笑)?
拓冶 ものすごく緊張しました。会社の同僚にも「選手入場のシーンは絶対に見てくださいね」と言ったんですけど、体がガチガチになりました。翌日出社したら、「緊張していたね」とか「もっと笑顔がないと駄目だよ」と言われました(苦笑)。
北澤 奥さまは、そんな拓冶さんの姿を見てどうでしたか。
美佳 夫がサッカーのピッチに立つ姿を見るのは初めてで、サッカーの話もあまりしたことがなかったので、ピッチにいること自体がすごく不思議でした。国歌斉唱のときは、私もさまざまな思いが交錯して涙が出ましたし、客席に戻ってきた夫の顔を見たら余計に泣けてきました。いろいろなことを我慢してきたんだろうなと……。新たな一面を見ることができ、私にとっても財産になりました。
――プレマッチセレモニーでは、当日訪れたファン・サポーターの中から介助者が選ばれます。
北澤 選ばれたファン・サポーターが喜んでいる姿も良いですよね。介助者として経験のない方もいるので不安もあると思いますが、車椅子を押していただくのは大丈夫でしたか。
拓冶 はい、全く問題なかったです。
北澤 見た人たちが「いいな」と思える瞬間だと思いますし、知らない人同士がそこで出会い、協働するのも、今後社会全体が目指すべき姿だと感じます。また、久恒さんの姿を見て、「自分もスタジアムに行ってみようかな」と思う人が増えてくれるとうれしいですよね。ボランティアスタッフやサポートスタッフとも接したと思いますが、どのように感じましたか。
拓冶 目線を合わせて話しかけてくれたり、車椅子を押す際に「段差がありますよ」と一声を掛けてくれたりと、手厚くサポートをしてくださいました。研修をされているのか、過去に経験があってそう動いてくださったのか、すごく安心感がありました。
岩田 会場ごとにアルバイトの方やみずほさんの社員の方などにサポートしていただいています。介助者として経験のない方もいますので、専門家の人を呼んで私も立ち合いながら、開場前に1時間ほどかけてプログラムの趣旨や目的を説明し、車椅子席、視覚障がい者席、知的・発達障がい者席など席種ごとの対応の仕方、声掛けの方法などについて、講習をしてからお迎えしています。
――セレモニーの後は「BLUE DREAM SEAT」で試合を観戦されました。「車椅子席は観にくいこともある」と話されていましたが、今回の席はいかがでしたか。
拓冶 とても見やすかったですし、前の人が立っても気にならなかったです。国立競技場の観客席の設計段階で配慮されたんだろうなと感じました。これからできていくスタジアムは、いろいろな人が見やすいように作られていくんだろうなと思います。
美佳 岩田さんが「スタジアムは臨場感が違う」とおっしゃっていましたが、まさにその通りでした。臨場感や盛り上がりを夫と共に味わえたのは貴重な経験でした。また、飲み物を買いに行ったときに、車椅子席以外にも視覚障がい者席などさまざまな席種があることを知りました。多くの方への配慮が行き届いているんだという発見とともに、日本のバリアフリーの考え方も変わってきたのかな、もっと広がればいいなと感じました。
北澤 ありがとうございます。参加者の方のご意見をいただいて、より良いプログラムにしていきたいですね。このプログラムは特別な時間でしたか。
拓冶 間違いなく特別な時間でした。チャンスがあればもう一回経験したいですし、他の人にもぜひ体験していただきたいです。このプログラムがさらに広がるといいなと心から思っています。
――そのほかに、印象に残っていることはありますか。
拓冶 プログラム全体を通し引率してくださった方が、帰りがけにも声を掛けてくれたんです。プログラムが終われば“スイッチオフ”で、もう他人となるのかなと思っていましたが、また話すことができてうれしかったですね。そういう思いを持った方がプログラムに携わっているんだと感じて、温かい気持ちになりました。
――障がいがあり、なかなか一歩を踏み出せない方に向け、皆さんからメッセージやエールをお願いします。
拓冶 今の時代は「無理して頑張る必要はない」という言葉が先行していますが、一歩踏み出した先に見える、新しい景色があります。こうして北澤さんとお話をする機会をいただけたのも、一歩踏み出したからだと思っています。大きな一歩ではなくてもいいので、行動を起こすことが大切なのかなと思います。私自身も観戦熱が高まっていて、次は体育館やアリーナで行われるスポーツを観戦したいと考えています。
美佳 外出するきっかけになったり、自分が想像しなかったことにつながっていったりする可能性のあるプログラムだと思います。応募するのに勇気がいる方もいらっしゃると思いますが、サポート体制は万全ですので、気にせずに一歩踏み出してほしいですね。そしてプログラムをきっかけに、支援が広がっていけばいいなと思います。
岩田 その一歩を踏み出す機会と環境を、JFAやサッカー界、みずほさんなどいろいろな方と協力してつくっていきたいです。私も障がいがあるので、お二人の話にはとても共感しました。こうしたエネルギーを波及・連鎖させて、サッカーだけに限らず、次に挑戦する人を増やしていきたいなと。挑戦する輪を広げていきたいですね。
北澤 久恒さんの話を聞いて、サッカーを嫌いになりっぱなしではなくて良かったなと。これまでの生活では傷つく瞬間もあったでしょうけど、サッカーへの情熱を取り戻してくれたのがすごくうれしいですし、このプログラムがあって本当に良かったなと思いました。
こういったプログラムを実施することで、運営するこちら側も、参加する側も双方で気付きがあるはずです。それを共有して改善していけば、もっと「誰もがみんな」という思いが浸透していくなと。お二人にもぜひこの経験や感動を多くの方に伝えていってほしいと思います。